鈴なり星

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小夜衣40・民部少輔の妻の告発

 


さて、夫に内緒で屋敷を抜け出した民部少輔の妻は、伯母のいる家に駆け込み、「伯母さまがお仕えしている宰相の君に今すぐお目にかかりたい、連れて行って欲しい」と訴えました。尋常ならぬ姪の様子に驚いた伯母の中務は、大急ぎで車に乗りこみ、宰相の君のもとへ連れて行きます。
ようやく脱出の糸口が見え出しました。
対の御方の味方の一人・宰相の君に、民部少輔の妻はやっと対面することができたのです。
民部少輔の妻は、自分の家に何ヶ月も閉じ込められたままの対の御方の事情を話し、御方直筆の手紙を取り出して宰相の君に渡しました。
山里の姫君(対の御方)たちの悲痛な訴えを読んでゆくうち、宰相の君はわなわなと震えだしました。
民部少輔の妻は、夫から聞いた今北の方の卑劣な計画から現在の監禁の様子まで、事細かに宰相の君に打ち明けました。
宰相の君はあまりのおいたわしさに言葉も見つかりません。
今北の方が怪しい、と周囲の者たちはうすうす思っていましたが、確たる証拠も無く、今北の方本人も知らぬ存ぜぬを決め通していたので手が出ませんでした。それが、この妻の内部告発でようやく露見したのです。
宰相の君は震える声で、
「そうだったのですか…私たちが必死でさがしていたここ何ヶ月の間、姫君はそんなにひどい仕打ちを…。
どんな姿になっていてもよい、生きてさえいてくれれば、と祈り続けていましたが、意外にも近い場所にそんなありさまで。ああでも教えて下さってどれほど感謝しても足りませんわ。あなたのような優しい方がそばに居てくださったことで、姫君も生きる希望を持ち続けられたのでしょう。本当にありがとうございます」
としぼり出すのがやっとです。
「本当に、こんなに近しい縁故があるとわかってましたら、もっと早くお姫さまの無事をお知らせできましたのに。あんな薄暗い座敷牢のような部屋で衰弱していくさまは、見ちゃいられないほどでございますよ。こうしてお姫さまの無事をお知らせできたからには、一刻も早くあそこから連れ出して差し上げてくださいませ。
我が家には、お姫さまの父君が方違えに立ち寄ることがあります。それを口実に何とかお姫さまを外に出せないものでしょうか。
けれど下手に小細工しますと、今度はこの私が今北の方さまに怪しまれてしまいます。後宮からお姫さまを拉致するなんて恐ろしい計画を平気で実行なさる人が、この私にどんなひどい仕打ちをするか、考えただけでも恐ろしゅうございます。
私たち夫婦は今北の方さまには長年のご恩があります。お姫さまの一件以外では、あの方にはそりゃあ良くしていただいてるんです。夫が今北の方さまの乳母子だった縁から、私たち夫婦は今北の方さまからずいぶん庇護をいただいてきました。ですから、私が告げ口したなんて知られたくないのです。だからといって、後宮からお姫さまをさらって監禁なんて非道が許されるわけではなし…そんなわけで、ここにこうして参上した次第です」
民部少輔の妻の話に、
「ありがとうございます。あなたもいろいろ悩んだでしょうに。この御恩は一生忘れませんわ」
と宰相の君は感謝しました。
もう一度姫君の手紙に目をやりますと、あまりにもお気の毒な状況が書きつづられていて、涙なしではとても読めません。
「ここに長居はできません。いつ夫が帰ってくるかわかりませんし、もし何かカンづかれたら、お姫さまをお逃がしする計画が水の泡になってしまいます。何でもよいですから、お姫さまを勇気づけるお手紙を書いてくださいませ。大急ぎで」
と妻が急かしますので、宰相の君は『必ずお救い致します』と手早く手紙を書きしたため、妻に託しました。
民部少輔の妻は手紙を受け取り、自分の家へ急いで戻りました。その足で対の御方のもとに直行し、宰相の君から預かった手紙を渡しました。
御方たちは宰相の君の手紙を大急ぎで広げました。
味方がいること、近いうちに必ずや助けにゆくことなどが書かれてあり、どれだけ姫君たちに生きる希望を与えたことでしょう。
こんな数ならぬ身でも仏さまはお見捨てにならなかった…と姫君たちは感激でいっぱいです。