外の景色もまともに見えない奥まった狭い部屋に、姫と女房ら三人が身を寄せ合って座っていました。
大納言は姫の姿を見るなり駆け寄り、
「姫、姫や。ああなんてひどい所に。
よくがんばりましたね。この父が来たからには、苦しいこともつらい目ももうお終いですよ。今すぐ山里の家に帰りましょう。ああ、尼君がどんなにお喜びになることか」
と姫の手をしっかりと握りしめました。
「殿!お待ち申し上げておりました!生きてこの家から出られるなんて夢のようで…!」
あとは涙で言葉にならない女房たちでした。
大納言は、姫たちが閉じ込められた部屋をあらためてぐるりと見渡しました。
調度類のほとんどない殺風景な部屋。掃除も手入れも行き届いていない床、天井。奥まった部屋なので風通しが悪いせいでしょうか、埃っぽいかんじもします。
こんな外もまともに見えない部屋に、我が娘が何ヶ月も閉じ込められていたかと思うと、大納言は姫が可哀想で可哀想で仕方ありません。それもこれもすべて、今北の方の仕業なのです。
大納言は自分の妻の、ぬけぬけとしらを切りとおしている顔を思い浮かべ、やりどころのないうとましさを募らせるのでした。
父に握りしめられた姫の手はすっかり衰弱し、細く青白く死人のようでした。
(ああ、お父さまが来て下さった…もう死ぬことだけを考えなくてよいのだ、山里の家へ帰れるんだ)
姫は生きる希望がようやく見えだしたのでしょう、父の手をかすかに握り返し、ただただ涙を流しています。
再会を果たした一行は、部屋のそばまで寄せられた牛車にただちに乗り込み、山里の家を目指して出て行ってしまいました。
「まずいことになった。えらい失態をしてしまった」
民部少輔は、姫を閉じ込めている部屋に按察使大納言が入ったのを確認するや否や、あわてふためいて今北の方のもとへ参上しました。
「一大事でございます。たった今大納言さまが方違えにお見えになり、かくかくしかじかでお姫さまを閉じ込めていたのが露見してしまいました。すべてはとんでもない事をやらかしてくれた、愚かな我が子のせいでございます。こちらのお屋敷に引っ立てて来ようかとも思いましたが、大納言さまのそばにずっとおりますものですから手も出せず…あの子はもう我が子とは思いません。煮るなり焼くなり好きなように処分して下さってけっこうです。私も我が身がかわいいですから、しばらくは身を隠すことにいたします」
民部少輔の報告に、今北の方は顔が青くなりました。
(ほとけ心を出して座敷牢に閉じ込めておくんじゃなかった、ぐずぐずしていないでさっさと殺しておけば何も知られずに済んだのに!)
と腹の底ではくやしくてたまりませんでしたが、
「バレた以上は、ああだこうだと悔やんでも仕方ありませんよ。あの娘と私は、なさぬ仲の間柄ですから。そこのところは殿も十分理解しておられるでしょう。
ともかく安心なさい。そなたは私が頼んだことを忠実に守っただけで、決してそなたの方から何かたくらんだとかではないでしょう?そなたは何の責任も負うてはいないのですよ?胸をはって堂々としていればいいのです。
それにそなたは『自分の子のせいで』と申していますけど、あんな小さい子が何をどう仕組んだというのです。あの女房たちの言いなりになっただけのことでしょう?大人の言うとおりにしたのに罰を与えるなんて、小さい子が可哀想というものですよ」
とゆったり構えて言いました。
「ひとまず自分の屋敷に戻りなさい。責任の無いそなたを、大納言が罰するのは筋違いというものです。何の心配もあるものですか」
そうは言っても、それは今北の方の理屈であって、自分に後ろめたさがないわけではなし…と民部少輔は家に帰る気になれず、知りあいの家に隠れることにしました。そしてお姫さまへの恋心がはかなく散ってしまったことが悔しくて、隠れ家でいつまでも嘆き続けるのでした。