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古今著聞集・偸盗4 441段

 

 

441段 強盗の棟梁大殿小殿が事

後鳥羽院の御世、大物なる二人の強盗がいた。
名前を大殿・小殿という。
ある時、大殿が捕らえられたことがあった。この時小殿が検非違使庁に出向き、判官章久(あきひさ)に願い出た。
「長年お尋ね者の『小殿』と申す人物は、この私である。言いたいことがあり訪ねて来た。取り次いでもらいたい」
章久はにわかには信じられなかったが、とりあえず言い分を聞こうではないかと面会した。
「あなたが不審に思うのもムリはない。が、どうか信じてもらいたい。無関係な第三者が『自分が指名手配中の強盗だ』と自ら名乗り出て死罪を覚悟するなどありえない話であろう」
小殿と名乗る者の言い分はもっともだ。
「わかった。詳しく聞こうではないか」
判官章久は言った。小殿は、
「長年、西で海賊、東で山賊、都で盗賊を生業(なりわい)として生き、ゆすりたかりにかっぱらいで暮らしてきた。平穏な暮らしと無縁の生活を送ってきたので、心身ともに心の休まるひとときを持ったことも安心して眠ったこともない。こんな日陰者は、死後必ずや地獄に堕ちて苦しむに違いない。一生逃げ通せるはずもなし、いずれは狩り出され、衆人の前にさらされて重罪人の烙印を押されるに決まっている。それならばいっそのこと自首をし、罪をつぐなったほうが…と考えてこちらに参った次第である」
と言った。
判官章久は「なんと殊勝な心がけだ」と感心した。命乞いにやってきた小殿の気の変わらぬうちに捕り押さえてしまいたかったのだが、
「せっかく決心したところに水を差すようで悪いが、現在私は検非違使庁の職務をずっと休んでいるのだ。休職中なので尋問もできない。いずれ仏道に励もうと思って、長年自宅にこさえていた牢屋をとり壊して仏間に作り変えたくらいなのだ。だから自首に出向くなら、現在別当であらせられる徳大寺殿(公継)が召し使っている判官康仲のもとへ行くがよい。彼は功をとり名をあげたい野心の男、行って事の仔細を申し上げれば、彼は大喜びでおまえに縄を回すだろう」
と答えた。
「では手紙を書いていただきたい。それを持って判官殿のもとへ参ろうと思う」
「おおそれはよい。すぐに書いてやろう」
判官章久はさっそく紹介状をしたため、強盗小殿はそれを持って判官康仲のもとに出向き、章久に言ったと同じように言い、
「もし万が一命を助けていただき、かつ家来にしていただけるならば、強盗どもを残らず狩り出してご覧にいれます」
判官康仲は、自分の身の保障と引きかえに同業者(仲間)を売ろうとしている強盗小殿に興味を持ち、言うとおりにしてやった。家来としての給料は三十石。なかなかのものである。
その後小殿は放免(もと罪人の家来)として非常によく働いた。
主人の康仲の手足となって実にかいがいしく働くので、判官康仲は検非違使別当である徳大寺殿に小殿のことを話した。
「ほう。なかなかおもしろい放免を飼っているのだな。裏社会のすみずみまで知り尽くしている首領はそんなに役に立つのか。一度召し使ってみたい。その小殿と申す者、しばらく私に貸してくれぬか」
別当は小殿にたいへん興味を持ち、身辺の雑用をさせる家来として康仲から引き取った。給料はさらに五十石上乗せされ、計八十石。放免としては相当な待遇である。小殿はこの破格の高給に大喜び。
「こんなに良くしていただき、もう何の心配もせずにすみます。この私めがおそばで警護している間は、ご主人さまがどこにいようと、身辺にはいかなる危険も狼藉も起こらないことを保障致します」
小殿は胸を張って別当に仕えた。昼夜を問わず別当の身辺に目を光らせ真面目に仕事をするので、徳大寺家では強盗や狼藉、家の周りでの小競り合いなどの心配がなくなり、安心して生活できるようになった。


京の真木島に潜んでいる『十郎』という強盗の首領がいた。長年検非違使庁より指名手配中の有名な盗賊なのだが、ある日判官康仲が小殿を呼んで、
「おぬし、最初の約束を覚えておるか。章久の紹介状を携えて私のもとへやってきた時のことを。汚れた稼業から足を洗い、真人間にしてもらえるならば、悪党どもを残らず捕らえて差し出す、と命乞いしたな。あの時申した言葉が本当ならば、真木島の十郎をひっ捕らえてくれぬか」
と相談した。
「十郎はとんでもない剛の者でございます。そう簡単に捕らえられるような盗賊ではございません。しかし、手練れの武士を30人ほど集めていただければ何とかなるかもしれませぬ。
まずは見栄えのする盗品をひとつ用意していただきとうございます」
と小殿は答えた。康仲は言われたとおり腕自慢の武士を集め、馬具の鞦(しりがい)をひとつ用意させた。小殿はその盗品の馬具をふところに入れ、武士を引き連れ真木島に向かった。万が一、逃亡されたときのために、あちこちの道のものかげに武士を配置させた。
やがて日は暮れ、小殿は残りの武士と共に十郎の潜伏している家の付近で、
「私が一人で家に入る。中で『エイッ』と叫ぶ声がしたら、一気に押し入ってくれ」
と言い、家に近づいた。
小殿が十郎の家の戸をほとほとと叩く。
「誰だ」
「平六だ。開けてくれ」
旧知の平六(小殿の本名)がやってきたので、十郎は何のためらいもなく丸腰のまま戸を開けた。
「すまんが、こいつを預かってもらいたいのだが。ちょっと野暮用ができてな」
小殿はそう言って、判官康仲からもらった鞦を十郎に見せた。
「どこからこれを?」
「夕べ博打でひと儲けしたのさ」
「ともかくまあ入れ。酒でも呑んでゆけ」
十郎は見栄えのする金品にまんまと引っかかった。
うまいぐあいに家の中に通され小殿はうれしくなった。男は十郎以外に居らず、女が一人いるだけだ。その女も酒の用意に奥へ入った。
小殿と十郎は向かい合って座った。外で待機している武士たちとの事前の打ち合わせどおり、小殿は、
「よっしゃ、えいっ!」
と大声で叫んで十郎に飛びかかった。待ち伏せしている武士たちが家の中へどっとなだれ込む。油断しきっていた十郎は簡単に取り押さえられてしまった。
「何をする。こんな汚い手を使う奴だとは思わなかったぞ!」
小殿は、自分をののしる十郎を康仲のもとへ連行した。
康仲は、頭を悩ませ続けた強盗十郎が捕まったので大変喜んだ。
この一件で、判官康仲の名は一気に有名になった。恩のある主人に忠誠を尽くす小殿のおかげである。
こんな風にこの小殿という男、根っからの大悪党というわけではなかった。物事を処理する手際もよく、容貌や人柄も平穏、仕事ぶりは熱心で非常に役に立つ男だった。そのため徳大寺家もこの小殿を信頼し、屋敷まわりの警備の他にもいろいろと大事な仕事を与えるようになった。
ある時急用で宇治布が十段(段=反。布の大きさを表す単位)必要になったことがあった。屋敷の者がその事を思い出したのが午後8時。布は翌朝10時までには取り寄せておかねばならない。間に合うなど到底無理な話なのだが、
「ぐずぐず迷っていても仕方がない。さ、ともかく宇治へ行っておくれ」
と家来に布の代金を持たせた。小殿を護衛に付かせたが、小殿のいでたちと言えば、やなぐいを背負い弓を持ち、いかにも走りにくそうな下駄を履いていた。一方、家来は屋敷で一番の俊足自慢の者なのだが、これが不思議なことに小殿の走る速さにとてもかなわない。やがて七条河原の辺りに来たとき、小殿は家来に言った。
「そんな遅さではとても間に合わぬ。布の代金をくれ。そなたの代わりに私が一人で布を取って来る」
「おまえは私の護衛だろう。用事を言いつかったのは私だ。布の代金を手放すわけにはゆかぬ」
「ははは。この小殿が金を持ち逃げするとでも思っているのか。その気ならば雑作もなく奪い取っておるわ。要らぬ心配をするな。ただ主人の命令を果たしたい一心なのだよ。四の五の言わずにとっとと寄越せ」
足自慢の家来は小殿に従い、しぶしぶ布の代金を手渡した。
「よし。そなたはこれより徳大寺のお屋敷に戻り、この旨を伝えてくれ」
家来は七条河原から屋敷へ向かい、子の刻(午前0時)になったばかりの頃に屋敷に到着した。事の次第を家来が伝えると、徳大寺殿たちはたいそう驚き、一体どういうことかと大騒ぎしているうち、なんと小殿が戻ってきた。宇治布を携えている。あまりの速さに屋敷中あきれるばかり。いったいどんな奥の手を使ったのか、空飛ぶ鳥でもこれほど速くは飛べぬだろう。何せ、七条河原から戻ってきた家来とたいして変わらない時刻に戻って来たのだから、人間業ではない。
だいたいこの小殿、山中を走るさまも水中で泳ぐさまも、並みの人間のそれではなかった。
幼少の頃は石清水八幡宮の稚児だったそうだ。篳篥(ひちりき)を上手に吹き、大切に扱われていたらしいが、ある時所領の争論がもとで叔父を殺してしまい、八幡宮を追い出され、その後放浪の身となったらしい。
徳大寺殿の御前に伺候しているときや内々の宴などでは、たびたび篳篥を吹いたようである。
小殿曰く、
「武勇でこの私に勝てた者などほとんどいない。だが、一人だけ忘れられない男がいる。
大殿という名のお尋ね者と行動を共にしていたときの事だ。その頃は山崎に潜んでいたのだが、ある明け方、隠れ家の外で番犬代わりに飼っている犬が激しく吠えていた。私は特別何も感じなかったのだが、大殿が、
『ややっ気をつけろ平六。この吠え方、ただごとではないぞ。外を確かめてみろ』
と言ったのだ。弓矢を引っ掴んで出てみると、白い直垂を着た下人風の男が三人うろうろ歩いている。男たちの向こうにはえらく背の高い法師が何の武具も着けず、とげの付いた鉄のこん棒だけを手にして歩いているのだ。外の様子を大殿に報告すると、
『怪しいぞ。そいつらはどこへ行ったか』
と問われた。わからないと返事をすると、
『なぜあとを追わなかった。こういうときの為に一緒に潜伏しているというのに』
と怒られた。あわてて外に出るみると、もう行ってしまったと思われた法師一行がこちらを見ているではないか。
大殿のにらんだ通りだった。これはえらいことだと弓に矢をつがえ、思い切り引き絞って法師を狙った。絶対外さない自信はあったのに、その法師め、ひらりと浮いたかと思うとその矢を軽々と飛び越えたのだ。しかもそのままこっちに踊りかかって来る。私が次の矢をつがえる間もないほどだった。私は恐ろしくなって隠れ家の表戸の裏に逃げ込んだ。大殿はとっくに外の異変を知り、太刀を手に中戸のかげに隠れて敵を待ち伏せしていて、私に『入れ、入れ』と合図する。私の後を追って隠れ家の中戸を開けて入ろうとした法師を、大殿は思い切り叩き斬った、ように見えたのに、法師はまったく平気で手に持った鉄のこん棒を振り下ろし、大殿の額を打った。その一撃で大殿はどう、と倒れてしまったのだ。その鮮やかな手並みに到底かなわないと覚悟した私は、隠れ家を飛び出し無我夢中で河に飛び込み、死に物狂いで泳いで何とか八幡の辺りにたどり着いたのだ。
大殿は残念ながら隠れ家に乱入してきた武士どもに取り押さえられてしまった。
大殿を一撃で倒したあの法師の身の軽さ、怪力、胆力。後にも先にもこんなに強い奴は知らん」
そう語っていたとか。